書評『日本の地下で何が起きているのか』鎌田浩毅 著
<引用>
南海トラフ巨大地震が富士山の活動を誘発する可能性は決して低くない。こうした状況では、自然災害に対する正確な知識を事前に持ち、起きつつある現象に対してリアルタイムで情報を得ながら、早めに準備することが重要である。すなわち、過度の不安に陥るのではなく、「正しく恐れる」ことが大切と言えよう。
上に述べた火山災害の他にも、富士山では溶岩流や噴石、火砕流、泥流などの被害が発生し、ハザードマップに被災する地域が描かれている。
特に、噴火の初期には、登山客や近隣住民など、富士山の最も近くにいる人へ危険が及ぶ。また、溶岩流は一日~一週間くらいかけて流れるので、後になってから流域の経済的被害が発生する。まずハザードマップを入手し、どのような被害が起こりうるのか、知識を持っておくことが大切なのである。
自然災害を防ぐ最大のポイントは、「前もって予測し備える」ことである。不意打ちを受けたときに被害は増大する。事前に知識があれば、助かる確率は一気に上がるのである。
もう一つのポイントは、「自分の身は自分で守る」こと、である。国や自治体を頼りにするだけではなく、日頃から一人ひとりが備えておくことが大切である。
富士山を眺めるときには、その自然史にも思いを馳せていただきたい。二九〇〇年前の山体崩壊の後、富士山頂からは再び溶岩が何回もあふれ出し、醜く崩れた地形を徐々に埋めてきた。均整のとれた現在の姿ができあがるまでには、実に一〇〇〇年以上もかかっている。
日本人は『万葉集』以後、富士山の美しい姿を讃えてきたが、現在までの一〇〇〇年はちょうど運良く最も形の良い時期に巡り合わせてきたとも言える。私は「長尺の目」と呼んでいるが、こうした長期の視点でも富士山という大自然を捉えていただきたいのだ。
地面は揺れる、火山は噴火する、というのは、日本列島に住む人間にとって、避けることのできない現象である。噴火現象は、人間社会を基準にした時には「災害」という言葉が用いられる。実際、過去には日本列島全体を火山灰まみれにしたさらに大規模な噴火が何回も起きている。
こうして眺めると、富士山噴火でさえ、地球規模で見れば地上に起きるほんの小さな事件であり、自然界では当たり前の事象に過ぎない。どんなに科学技術が発達しても、火山の噴き出す膨大なエネルギーに対して、人間はただ逃げることしかできないというのも事実である。
一方、噴火の最初だけでも事前につかまえて、安全に避難していただきたいと、火山学者は噴火予知の研究に邁進している。人知を超える自然をコントロールすることはできないが、噴火災害を「科学」の力で軽減することは、近年ようやく可能となってきた。
そして、噴火と噴火の合間の穏やかな時には、風光明媚な風景や温泉など「火山の恵み」を享受できる。それが日本列島の活火山との上手なつき合い方なのではないだろうか。
1.この本はどんな本か?
火山学者である京都大学教授による、地震と噴火の一般向け解説書です。特に、地震や火山の噴火の発生するメカニズムと、将来の日本で起こる地震や噴火に関連した自然災害と予測される被害状況について詳しく説明されています。
将来起こる自然災害として取り上げられているのは、南海トラフ巨大地震、首都直下地震、富士山噴火、阿蘇山などのカルデラ噴火です。
ニュースなどでもよく耳にする南海トラフ巨大地震については、地震前後の地盤の隆起量と地震の発生年度との関係性から、「今から約二〇年後」の二〇三〇年~二〇四〇年の間には確実に発生すると予測されています。そして、その災害規模は「東日本大震災より一〇倍大きい」とのことです。
首都直下型地震については、東日本大震災後に地盤にかかる力が変化し、内陸性の直下型地震が増えていることを懸念点として挙げられています。首都圏は3枚のプレート(地球上を動く厚い岩の板)の上にあるため様々な原因の地震が発生する可能性があること、沖積層と呼ばれる地盤が柔らかい地域があるため、地震発生後の地面の液状化現象などにより被害が拡大する恐れがあることが述べられています。
富士山については、地下にマグマが大量に溜まっており、いつ噴火してもおかしくない状態であると述べられています。また、噴火により山そのものが崩壊する 「山体崩壊」と呼ばれる現象により発生する土石流の影響で、東名高速道路や東海道新幹線が寸断され、噴火による火山灰のため、羽田空港や成田空港が使用不可能になるなど、特にインフラ面で大混乱に陥る可能性が示唆されています。
マグマが噴出した後の山が陥没して出来た大規模な窪地である「カルデラ」と呼ばれる地形の噴火として熊本県の阿蘇山の事例も取り上げられています。過去の阿蘇山の噴火を調べると火山灰は北海道まで運ばれるほどで、九州の北半分は焼け野原になったと考えられているそうです。阿蘇山のようなカルデラの巨大噴火をシミュレーションすると、偏西風で運ばれた火山灰が西日本では五〇センチ、東日本では二〇センチも積もり、その結果日本の総人口の九五パーセントが被災することになる、と書かれています。
地震や火山の噴火の正確な予測は現時点での科学技術では不可能であり、どのような被害が想定されるかを知った上で、それに備えておくしかない、と著者は主張しています。
日本に暮らす以上、地震や火山の噴火などの自然災害から完全に逃れる方法はありません。私達が自分の力ではコントロールできない自然災害について、今の内から考え、備えておくための一助として、本書に一度目を通しておかれることをお勧めします。
2.正しく恐れる
著者によると、東日本大震災が引き金となり、日本の地盤が一〇〇〇年ぶりの「大地変動の時代」に入ったとのことです。過去の事例に照らし合わせると、これから地震や噴火の地殻変動が数十年というスパンで続くそうです。
日本を取り巻く4つのプレート(北米プレート、太平洋プレート、フィリピン海プレート、ユーラシアプレート)の配置や日本列島にある火山の配置の図などが本書に掲載されています。これを見ると、「日本のどこに住んでも、地震や火山の噴火の被害に巻き込まれる可能性はある」ということが分かります。
また、本書で述べられているような、いつか起こる大規模自然災害のことを知ってしまうと、将来に対して暗澹たる気分にもなってきます。ですが、避けられない事象だからといって、諦観してしまうわけにはいきません。
不安、恐れ、恐怖は、その正体が漠然としていることから拡大します。 自分や家族の身を守るために、まずはどういったことが起こりうるのかを知るところから始める必要があります。
そこで著者が紹介しているのが「ハザードマップ」です。自分の住んでいる地域でどのような災害が起こる可能性があるかは国土交通省の「わがまちハザードマップ」というページで調べることができます。
また「内閣府 防災情報のページ」では南海トラフ地震や首都圏直下型地震などの地震・津波対策の他、風水害や雪害など、各種の自然災害についてどのような対策がとられているかを学ぶことができます。
気象庁の防災情報のページでも地震・津波や噴火などの情報を入手することができます。
これらの防災に関する「情報」を入手し「正しく恐れた」上で、非常食や水を始めとした「防災グッズ」もある程度は用意しておいた方が良いでしょう。
さらに災害時に必要になるのは「行動」です。本書でも紹介されていますが、身近に危険の兆しが迫っている時には、自ら率先して危険を避ける行動を起こす「率先避難者」になることが求められています。
これは、自分が率先して逃げることで自分の安全を守り、同時に回りの人々に対しても危険を呼びかけることで、周りの人々を助けることも可能になるという考え方です。「誰かが逃げ始めれば他の人も一緒に逃げ出す」という心理学的な作用を利用したものでもあるそうです。
私たち自身が、災害や防災に対する事前の知識の収集や、防災に対する物品の備えといった「無形・有形の防災対策」を行っておくことで、災害の被害は確実に減らすことができるはずです。
3.当たり前の価値に気づく
自然災害が発生して被災した時に思うのは、普段は意識することもない日常生活がどれだけ便利なものであるか、ということです。
私が個人的に体験した中で一番大きな自然災害は阪神大震災です。幸い、家族は皆無事でしたが、震度7に相当する地域にあった家は半壊、電気は地震発生後数時間で復旧したものの、水道とガスは2週間、使えなくなりました。
ガスはカセットコンロでなんとかなりましたが、蛇口を捻っても水がでないのには困りました。家の近くにあった小学校の体育館が地域の避難所になり、自衛隊のトラックが定期的にタンクに積んで運んできてくれた水をバケツやポリタンクで汲みに行きました。
もちろん入浴はできず、電車も止まってしまっていましたから、被害の少なかった隣の市の銭湯まで自転車に乗って行きました。
携帯電話もインターネットもまだ一般的に広く普及していない時代ですから、被害状況や支援に関する情報は、ラジオやテレビ、近所の人が教えてくれる話が頼りでした。電話も地震発生直後は通じたものの、その後すぐに回線が込みすぎて使えなくなりました。
そういった1995年当時の状況と2019年現在の状況を比較してみると、今はインターネットやスマホがあるおかげで格段に情報が入手しやすくなっています。
本書の中で著者は、「南海トラフ巨大地震」と連呼しても、講演会に集まった一般市民には伝わらない、しかし、「西日本大震災」という言葉を使って「東日本大震災と同じような巨大地震が来る」と話すと、聴衆は直ちに理解してくれる、と述べています。東日本大震災の被害は誰でも知っていますから、そこからのイメージが想起されやすい、ということでしょう。
そのような規模の大災害が今後発生するのであれば、電気、ガス、水道、交通、通信などのインフラは「全て使えなくなる」と想定しておいた方が良いでしょう。
今はスマホがあればどこでも必要な情報は入手できるから大丈夫、と考えてしまうかもしれませんが、停電するとスマホも充電できなくなりますから、携帯用のバッテリーや、もっと言うと非常用の発電機は備えておきたいところです。
また、スマホで困るのは スマホのバッテリーが十分にあっても 基地局で通信障害が起こると、「圏外」となり、そもそもネットに繋がらなくなることです。これは別の通信会社の無線Wifiルーターなどに繋げば回避できますが、西日本全域が大きな被害を受けるという南海トラフ巨大地震では、複数の通信会社で通信障害が発生、また安否確認などのため回線が混雑し、それが長期間復旧できないような状況も十分に考えられます。
従って、まず災害発生から最低数カ月は電気、水道、ガス、通信などのインフラの一部、もしくは全部が使えなくなると仮定しておく必要があるでしょう。そして、災害前の生活の状態に復旧するまでの期間、どのように生き延びるのか、それを考え、準備しておくことが求められるのだと思います。
人間には「見たくないものは見ない」「考えたくないことは考えない」習性がありますが、今後二〇年くらいの間に「確実に起こる」と言われている「南海トラフ巨大地震」に対しては、そうも言っていられません。
今、何不自由なく日常生活を送ることができる有難さをかみしめつつ、将来の準備を進めておきたいと思います。
4.まとめ
・ 自然災害を防ぐ最大のポイントは、「前もって予測し備える」こと。事前に知識があれば、助かる確率は一気に上がる
・ハザードマップや防災に関する情報や知識、防災のための物資など無形・有形の防災対策を今のうちに始めておく
・今、身の回りにある当たり前の有難さに気づき、それを守るためにできることをはじめよう
<今日の読書を行動に変えるための
個人的チャレンジシート>
1.この本を読んだ目的、ねらい
・日本を襲う可能性のある大規模自然災害に関する情報の入手
2. 読んでよかったこと、感じたこと
・南海トラフ巨大地震や富士山や阿蘇山の噴火が起こった場合にどのような被害が発生するのかの概要を掴むことができた
・当たり前に日常生活が送れていることの価値を再認できた
3. この本を読んで、自分は今から何をするか
・自分の力でコントロールできない事象に対する自分の力でコントロールできる備えを進める
4. 3か月後には何をするか、どうなっていたいか
・インフラが断絶したと仮定して、家族が最低1か月暮らせるくらいの物資を備えが完了している
・災害時・緊急時の行動に関する見識を今よりも深めている
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