書評 『読まずにすませる読書術』鎌田浩毅 著

読書法, 書評, 思考法・考え方

<引用>

ここでビジネス書の背景と構造について考えてみます。ビジネス書や自己啓発書の根底にある思想は、「未来はコントロールできる」という考え方です。

ビジネス書の多くは、最初に自分の理想を目標として定め、次に目標に到達するために足りないものを洗い出し、計画を立てて実行しなさいと提言します。そうすれば必ず理想は実現すると説きます。

自己啓発書の場合は、意識面から理想の実現を支えます。「このように心がければ人間関係はよくなる」「意識をこう変えれば人生はうまくいく」と、自分の心のあり方を変えれば理想が手にできると力強く励ましてくれます。

ビジネス書の著者たちは、仕事や人生の成功は、物事を正しくマネジメントしたり、意識を変えたりすることで手に入れられると確信しています。つまり未来は、自分の力次第でいかようにも変えていけると言うのです。

しかし、未来にはコントロールできないこともあります。想定外のことが常に起きる可能性があることは二〇一一年の東日本大震災で明らかになりました。私を含めて、地球科学者の多くはまったく予知できなかったことに愕然としました。

自然を相手にしていると、このような予期しない、想定外のことがいつ起こってもおかしくないことを実感します。

これからの人生は一〇〇年といわれています。不確定なことのほうが多いであろう人生一〇〇年時代に、未来の理想から逆算して、今から計画主義・マネジメント主義で人生をコントロールしていこうというのは、本当は現実的ではありません。

実は日本列島は現在、「大地変動の時代」に突入しています。その発端は二〇一一年三月十一日の東日本大震災でした。一〇〇〇年ぶりに発生した巨大地震によって列島下のプレートの動きが活発化していることは専門家の全員が認めるところです。

過去に日本で起きた大地震の歴史、そして東日本大震災の発生から導き出されているのが、近い将来、南海トラフ沿いの連動型大地震が間違いなく起こるということです。

さまざまな観測データからシミュレーションを行った結果、地震学者の多くは発生時期を二〇三〇年代(二〇三〇年から二〇四〇年までのいつか)と結論づけています。

地球科学を専門とする私も、ほぼ同じ見解です。時期がずれたとしても、二〇四〇年までには、東日本大震災の一〇倍の被害をもたらすことが確実な南海トラフ地震が発生すると考えています(拙著『日本の地下で何が起きているのか』岩波科学ライブラリーを参照してください)。

そう遠くない将来に大きな自然災害がやってくる。これに対処しようとしたとき、生き抜く知恵や生きる力をどう身につけたらよいのでしょうか。

その時頼りになるのは、自分の中に蓄積されたものだけです。

未曽有の「大地変動の時代」であること、さらには人生一〇〇年時代に突入していること、不確実なこの先を生き抜く術は、「今、ここで」本から学んでおくしかありません。

読んだ本の内容を今しっかり身につけていくことは、そういう意味でも、とても大切なことなのです。そのことを頭のどこかにぜひ留めておいていただきたいと思います。

京都大学には世界的な「サル学」の伝統があり、ヒトと最も近いチンパンジーの行動から「心の進化」が解き明かされています。

それによると両者の一番の差異は、サルが「現在の私」の世界だけで生きているのに対して、知性を持つ人類は「未来を想像する力」を得たことにあります。そしてその力こそ日常の読書から生み出されると言っても過言ではないのです。

人間にはできてAIやサルにはできないことは何なのか、を問い続けることがとても大切です。それを見つけていく際のヒントも読書の中にあります。

すなわち、人工知能にできることはさっさと人工知能に渡して、その人工知能を動かすためのクリエイティブな頭脳を読書で鍛えていく。それがAI時代の賢い生き方になっていくことでしょう。

AIはパターン化した情報操作は非常に得意です。しかし人生はパターン化できない「偶然」にあふれています。同様に私が研究している地球もパターン化できない「想定外」にあふれています。その中で求められるのは臨機応変に対応する力、そうした力を発揮できるアウトプット力なのです。

いろいろな想定外に臨機応変に対応していく力を養う最も簡単な方法は読書である、と私は信じています。

1.この本はどんな本か?

タイトル通り読書術の本です。著者曰く、「本をガンガン読むことを推奨するのではなく、本当に自分にとって血肉となる本だけをセレクトするための方法、つまり『読むべき本は読んで、読まなくていい本は読まない読書術』を提案する」という目的のために本書を書かれたそうです。

著者は地球科学を専門とする京都大学の教授で、読書を「自分の内面を豊かにし、生き方や人生を変えてくれるもの、人生を豊かにする知的活動」として定義されています。

第1章から第3章までは読まなくてよい本を読まずにすませるための「考え方」について。第4章は読むべきところだけを読むための「方法」について。第5章は読書の「アウトプット」について書かれています。

今回は第3章、第4章、第5章から関連した内容の記述を引用しました。

2.本を読むつもりが、本に読まれてしまう

この本を読んで私が一番印象に残ったところは、本を読まないための方法論の部分ではありません。ですが、読まないようにするための心がけの部分で面白いと感じたところを3点、ご紹介しておきます。

1点目です。まず本書では、ドイツの哲学者ショーペンハウエルの以下のような言葉を引用されています。

「読書は、他人にものを考えてもらうことである。本を読む我々は、他人の考えた過程を反復的にたどるに過ぎない」

「まる一日を多読に費やす勤勉な人間は、しだいに自分でものを考える力を失って行く」

『読書について 他二篇』ショーペンハウエル 著(岩波文庫)

このことを著者は、他人の思想に頼るだけで自分で考える力をなくす、つまり「本に読まれてしまう」状況だと述べています。

これは読書好き、多読・速読主義者は特に心に留めておかなければならないことだと思います。

私自身の経験として、大分昔、1年でビジネス書を何百冊読んだとか、そのことを自分の中で誇りに思っていた、今から考えるとかなり恥ずかしい時期がありました。

それだけ読んだのだから、さぞかしこれからの人生は上り調子で好転していくだろうと、今よりも若い頃の私は考えました。

ですが、一冊の本を読み終わっては、すぐに次の本を読み始める、「インプットに次ぐインプット」ばかりを繰り返していた私は、「アウトプット」をおろそかにしていました。

読んだ内容を覚えて、使えるようにするためのメモを書いたり、本の著者が勧める「行動」をほとんど実行しなかったのです。

その結果として、「自分が思い描いていた将来の理想の姿」と「現実の自分の状況」とのギャップが開いていくばかりになりました。

そして、「あれ、おかしいな、こんなはずでは、、、」という自分に対する期待と失望のせめぎあいに苛まれるようになりました。

そんな中、ある人からのアドバイスを頂いて、今のようなインプットとアウトプットをセットにする読書のスタイルに変わりました。 読書の後に読んだ内容を自分なりに咀嚼し、書き出していくことで、少しずつではありますが、自分の中に「不定形の確かな資産」が積み上げられているのを感じています。そして、それまで自分が感じていた「理想と現実のギャップ」を自分で埋めるという経験と成果も得ることができるようになってきました。これは「ただ本を読んで終わり」にしていた時代には想像もできなかったことです。

読書は本書の著者が言う通り、「自分の内面を豊かにし、生き方や人生を変える」のに役立てるようでなければ意味がありません。何も得るものがなければ、ただ貴重な時間を浪費しただけにすぎません。それであれば、むしろ本など読まずに他の活動に充てた方がよほど良いでしょう。

2点目です。本書では「ストック型」の読書スタイルから「フロー型」の読書スタイルへの発想の転換を推奨されています。これはどういうことかというと、「そのうち読む」「いつか必要になる」と考えて本を買い込むのが、「ストック型」。反対に、本当に必要な本だけを残して、必要ない本は次々に手放していくのが「フロー型」だそうです。

「フロー型」のに切り替えることで、物理的にも脳内にもフリースペースが生まれて、本当に必要な知識や知見を新たに取り込むための余裕が持てるといいます。

その際、不要な本を見極めるために役立つ問いかけが、「その本は自分の人生を変えるか?」です。

この問いかけに対して答えが「No」である本は、手放していくようにします。そうすることで、自分の人生に必要な、繰り返し読むべき本だけが一冊ずつ手元に残るような、本の新陳代謝を促していけるそうです。

私も自分の部屋の壁の一面は本棚になっています。そしてその棚にはテーマごとに分類された本が全ての棚に入っています。ですが、「この本は自分の人生を変えるか?」という視点で考えてみると、「果たしてこの蔵書のどれくらいが本棚に残しておく価値があるものだろう?」と疑念を抱かざるをえませんでした。

パッと見ただけで、「あ、このテーマ、今の自分には必要ない」という棚が一段見つかったので、早速電子化して処分をすることにしました。

こうして空いた棚は、空いたままにしておくことで、また新しい自分の興味あるテーマ、人生を変える本を収納することができるようになりました。おそらく、この物理的な「余裕」を持たせることが思考の「余裕」も生み出してくれるのでしょう。そこから面白いアイデアや発想が生まれてくるのではないかと期待しています。

3点目に、本書の読書術で面白いと感じたところは、「一〇年・五年・五年法」と呼ばれるものです。

これは、「社会でまだ何者とも名乗ることのできない人(=nobody)」 から、「ひとかどの仕事ができる人(=somebody)」 になるまでの約10年間は、仕事のスキルや能力を高めるための本が7割、それ以外の本は3割の比率で読む。次にそこからナンバーワンになるための5年間は、専門と教養の本の割合を5:5くらいにする。そしてさらにオンリーワンを目指す5年間は、専門書が3割、教養書が7割、というように、自分のステージによって読む本の比率を変えていく、という読書法です。

これは、キャリア形成という視点で読書を考えた時の読書法です。キャリア形成の初期は仕事を行う能力を高める本(ビジネス書や専門書)の比率を多めにして、一気に仕事の能力を高めて、成果を出す(「nobody」から「somebody」になる)。その後、その分野での「ナンバーワン」、さらに代替不可能な「オンリーワン」を目指すにあたり、徐々に読書の中で教養書を読む比率を増やしていく、というものです。また、オンリーワンを目指す年齢的な節目は「四〇代ぐらい」だそうです。

私自身はあまりこれまで、読む本のジャンルの「比率」を意識してきませんでした。その時に読みたい本を読むという形で乱読していました。そうすると、どうしても読みやすく、新刊が出ると興味の惹かれるタイトルの多いビジネス書の比率が半分以上となってしまいます。

ですが、ビジネス書もあまり読みすぎると「食傷気味」になり体に受け付けなくなってきます。

ビジネス書以外で、自分の仕事に関する専門書はもちろん読みますが、歴史や哲学などの古典を始めとした「教養書」はこれまであまり意図的・戦略的には読んできませんでした。

今回紹介されていた 「一〇年・五年・五年法」を読んで、私も教養書を読む比率を意図的に増やしていこうと思いました。仕事の能力を高めるためのたいていの分野のビジネス書は(少なくとも複数冊は)もう読んできたし、それよりも自分の人間としての内面を拡張する読書を増やすべき時期に移行していった方が良いと判断したためです。

3.コントロールできない未来に備える

ここで、ようやく今回引用した部分につながります。著者によるとビジネス書や自己啓発書は「未来は自分の力でコントロールできるもの」として捉えられ、自己を変革していくためのもの、と位置付けられています。その考え方はとても大切で、私達に前に進む勇気と力を与えてくれるものです。

その一方で、自然災害やテロのような「自分の力ではコントロールできないような事象」が発生することもあります。このような「不確実性の高い」「想定外の」「複雑な」事象に直面した時、私達は何を拠り所としていけば良いでしょうか。個別・具体に特化した専門知識やビジネススキルは一体どの程度役に立つでしょうか。

もちろん、まったく役に立たないとうことはないでしょう。でも、そういった不確実で想定できないような事態に対応していくための方法こそ、ビジネス書よりもむしろ「教養書を読んで学んでおく」ということなのだと思います。

過去の人類は自然災害や戦争という事態をどのように捉え、どのように乗り越えてきたのか。千年、数百年という時間を越えて現在にまで伝わるそれらを学んでおくことは、人間がどういう生き物であるか、そして私たち自身は不測の時代にどう生きるべきか、という姿勢を教えてくれるはずです。

また、「自然災害」や「戦争」の他に私達の社会や生活に影響を与える不確定要素として「科学技術の発展」という現象もあります。ここ数年で一気に世間を賑わせるようになった「人工知能」はその最たるものでしょう。他にも「ゲノム編集」なども非常に大きな可能性と倫理的な危うさを秘めた技術だと思います。

そのような「不確実」で「先の見通し」を行いにくい「科学技術の発展」という事象についても、例えば、第一次産業革命当時のイギリスの歴史などをひも解くことで、私たちはなんらかの示唆を得ることができるはずです。

その時代の人々が「蒸気機関」の登場を知った時の驚きと興奮と恐怖はどのようなものだったのか、その後、どういう行動をとったのか、その結果どうなったのか。私たちはそういった先人たちの考えと行動を知ることで、自分の意思決定と行動に役立てていくことができるでしょう。

もちろん、第一次産業革命の時代と現代とでは、科学技術の水準に大きな違いはあります。ですが、起こっている現象自体は、「現在進行中の科学技術の飛躍的な発展に対して人間が感じる『期待』と『不安』」でありましたし、今回もそれと同じなのです。従って、この「期待」も「不安」も「人類としては既に経験済み」のことだと考えることもできます。

ここに私たちが教養書から学ぶ醍醐味があります。

私たち個人が人生において経験する艱難辛苦は、完全に同じではないにせよ、似たようなことを「世界の誰かが経験済み」なことの方が多いです。

ですから私たちは何か困ったことがあったら、人に相談したり、本に答えを求めたり、ネットで検索したりします。

卑近な例だと、ExcelやPowerPointの使い方でちょっと分からないことがあった場合、ネットで検索するとすぐにその答えが見つかります。これは自分の困りごとについて「既にどこかの誰かも同じように困っていた」ことの証拠です。

ですが、上記の困りごとについて、ネットで検索もせず、本も読まず、人にも聞かずに独力で解決しようとしたらどうでしょうか。仮に解決できたとしても、膨大な時間と労力がかかってしまうのではないでしょうか。

Excelの使い方程度の軽い問題なら良いですが、人生の分岐点になるかもしれないような大きな問題に直面してしまった場合、そして、それが自分の力だけではコントロールできない事象の場合(先の「自然災害」や「戦争」などの場合)はどうなるでしょうか。少なくとも自分の中に、「なにかの道しるべになりうる考え方」を携えていないことには、本当に途方にくれてしまうことになるでしょう。

かといって「自然災害」や「戦争」は好き好んで自分で経験するものではありません。だからこそ、「教養書」を通して「先人に学んでおく」ことが、先の見えない暗い道を歩いていくための「北極星」となり「灯台」となり得るのだと思います。

4.まとめ

・本を読んでいるつもりが本に読まれてしまわないように、読書の後に自分で考えアウトプットする時間を確保する

・自分のキャリア、現在のステージによって読むべき本の比率を変えていく

・「教養書」を読む醍醐味は、「不確定」で「想定外」の未来に臨機応変に対応していく力をつけること

<今日の読書を行動に変えるための
個人的チャレンジシート>

1.この本を読んだ目的、ねらい

・読まなくてよい本を見極める方法を学ぶ

2. 読んでよかったこと、感じたこと

・マクロとミクロ、分析と統合、サイエンスとアートに対する理解が深まった

・「この本は自分の人生を変えるか?」という問いかけは役に立つと思った

3. この本を読んで、自分は今から何をするか

・自分の読書の中での教養書を読む比率を高める

・南海トラフ地震に対して今から備えておこうと思った

4. 3か月後には何をするか、どうなっていたいか

・今よりも教養を身につけて人間的・精神的に成長している

・フロー型の読書を実践して本棚の棚の3割のスペースを解放した結果、よいアイデアが生まれてよいアウトプットが行えるようになる

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Posted by akaneko