書評『悩まずにはいられない人』加藤諦三 著
<引用>
人は「安心」と「幸福」で、「安心」を選ぶ。それなのに「私は幸福を求めている」と思っている。幸福論の錯覚である。自分を正しく理解していない。
人は意識では幸せを求めているが、無意識では安心を求めている。そして無意識のほうが力を持っている。「不安を避ける」ということと、「幸せを避ける」ということは同じことである。人は不安を避けるから、どうしても幸せになることを避けざるを得ない。
不幸にしがみつくというと、あり得ないと思うかもしれないが、不幸にしがみつくということは、不安を避けたいということである。必死になって不安を避けているということである。個性化の過程で伴う不安、自己実現の過程で伴う不安、それらの不安を避けようとすることは、情緒的に未成熟な人にとっては極めて当たり前の心理である。
今日一日を最後でよいと思って生きる。この幸せを続かせようとすれば悩みになる。恋愛も同じである。今日一日を精一杯生きる。それが結果として続く。今日一日があればいい。「この幸せをいつまでも」と思うと悩みになる。明日は考えない。
いまが大切ということは、いまの小さなこと、こんな小さなこと、それを続けることである。それを続けると、将来にこんなことがありますと思っている人は、いまの小さなことを続ける。
積み重ねが、信じられるものを生む。たとえば、毎日神様を拝む人は、拝むから神様を信じるのである。神様を拝むという「行動が信じる気持ち」を生み出す。行動そのものが、感情を作っていくのである。信じるまで拝まないのでは、いつまでも信じられない。そしていつも悩んでいる人は誰も信じていない。
まず信じる行動をしてみる。そこから出発する。小さなことの積み重ねで人は幸せになる。
<書評>
新しい場所に来たばかりの頃は、不安が一杯です。思い出せる限りで、小学校に入学した時やクラス替えの時など。中学、高校入学でもそうですし、大学に入って一人暮らしを始めた時もそうです。社会人になって研修が終わって職場に配属された時もそうでした。今でも異動の度に最初は不安になります。あるいは海外旅行で初めての場所に来た時も不安になります。
最初は不安を感じていた場所であっても、だんだん慣れてくると、そこは「安心」な場所に変わっていきます。「居心地の良い」場所に変わってきます。
ただ、その居心地の良い状態に居座り続けると、いつの間にか世間知らずの「井の中の蛙」になってしまっていないか。気がつけば、いざという時逃げることもできない「ゆでガエル」になってしまっていないか。時々振り返る必要があると思うのです。
居心地の良い場所の外に出ることには、常に不安が付きまといます。自分の思った通りにはならないで不愉快なこともあります。
でも、外に出ることで、逆説的に自分の内側にあるものをより深く知ることができるようになります。例えば、自分の好き嫌いや向き不向きなど。
「怖いもの見たさ」という言葉があります。この言葉は恐怖心と好奇心が葛藤している様子を表していると思うのです。「見てみたい、でも怖い」、「怖い、でも見てみたい」という風に、この2つの感情がせめぎあい、自分の中で綱の引っ張り合いをしている状態です。
この「恐怖心」が綱引きに勝った場合はどうなるか。怖いものを見なくて済むので安心できます。でも、何も経験せずに今後も同じ場所にいることになりますから、外の世界には何があるのか知ることができません。
では、「好奇心」が綱引きに勝った場合は?慣れるまでずっと不安は続きます。でも、自分が想像もしていなかった新しい何かに触れることができます。もちろん新しい何かが、自分にとって好きなものになることばかりではありません。嫌いなものに出くわすこともあります。
多分それでも良いのです。井戸の外に出てみると、そこが、沼地なのか砂漠なのかが分かりますし、一方で、今まで自分のいた井戸が、泥を塗り固めて作ったものなのか、レンガを積み上げて作ったものなのかが分かります。それだけ新たな世界を知ることができたことになるからです。
そしてそれは同時に自分の内側の世界が広がるということでもあります。外に出てきてはみたものの、「やっぱり自分にとっては井戸の中の方が良かった」ということもありえます。これは、外に出ることで自分の中に「比較できる対象が増えた」から感じられることです。井戸の中にいただけではおそらく一生、分からないことです。
「人間として成熟すること」の条件の1つとして、私が考えるものに、「どれだけ自分を相対化して捉えられるか」ということがあります。
自分の考えに執着しすぎるよりも、想像もしない世界にできるだけ触れたい。その一方で、1つのことを深く深く突き詰めていきたいという思いもあります。
おそらくどちらの場合も、知れば知るほど「自分」の小ささを知ることに繋がる、思い知らされることになると思います。
世界が広がるほど、相対的に自分の大きさは小さく小さくなっていく。「実るほど頭を垂れる稲穂かな」のイメージです。そして、人間としての成熟も「不安の中に飛び込んでいく」ことで実感でき、身につけていくことができるものだと思うのです。
「不安に飛び込む」といっても、身の危険のあることや、倫理的に問題のあることはやはり避けるべきでしょう。だから、毎日小さな不安を感じることのできる「1日一新」のような取り組みが良いのかもしれません。
例えば、普段帰らない道で帰る。行ったことのないお店に入ってみる。聞かないジャンルの音楽を聴く。
このような、小さな不安に日々取り組んでいくことは、結果として自分の「安心ゾーン」を広げていくことにもなっているでしょう。不安に飛び込んでいく中で、自分の喜び、幸せを導いてくれる何かも発見できる気がします。
「不安」や「違和感」の中に身を置く事を常とする。言わば「不安に安住する」ことができるくらいの達人を目指していきたいと思います。
〈今日のチャレンジシート〉
1.この本を読んだ目的、ねらい
・悩みの正体と付き合い方を知ること。
2. 読んでよかったこと、感じたこと
・行動が信念を産んでいく。
・今日の行動に全力集中する。
3. この本を読んで、自分は今から何をするか
・小さなことで良いので、1日に1つの新しいこと、不安に感じることをやってみる。
4. 3か月後には何をするか、どうなっていたいか
・安心と感じられるゾーンが今の倍くらいになっている
・好きなものや、嫌いなもの、やりたいことや、やりたくないことが今よりも明確になり、今よりも自分について深く知ることができている
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません