書評『匠のこころ “その先”の価値を創るリーダーの思考』水野和敏 著
<引用>
エンジニアの仕事というのは、普通の人が考えて「まさか」と思うようなことを現実化すること。
それを映画で表現したら映画監督になる。そういう意味で、すべての職業の根底は一緒だと思います。エンジニアだからとか、映画監督だからとか、音楽家だからというのは関係なくて、〈新しい何かを創り出す〉ということです。
人が求めるのは、常に今まで予想だにしなかった新しい、知らなかった世界の体験。これを人間は求めて生きている。それが人間の進化そのものだからです。
感動の定義は〈新しい刺激〉です。人間は新しいものを受け入れて使いこなす。使いこなすと次のステップやまた、新しい刺激を求める。新しい刺激の中で「すごい」というレベルまで思ったものを〈感動〉と言っているだけなんです。だからコピ ーや比較に感動は絶対にない。それが人間の本質です。
そういう意味で「お客さまの中に入って行け」というのはすごく簡単な理由で、顧客が求める新しい刺激を感じ取ることが必要になるからです。お客さまは何を求めているのか。何を彼らが体験していなくてどういうことが新しいことなのか、お客さまの中に入らなければ〈新しい刺激〉が何なのかがわからない。
しかも人の〈好き〉という言葉の内容はすべて違う。自分の思い込みで〈好き〉という新しいことを提案しても、他人が同じように受け入れるかどうかは、全くわからない。だから〈人の懐に飛び込め〉ということ。自分がいくら「いい」と思っていても、独りよがりで相手に嫌われるのはストーカーと同じです。
失敗する人間の特徴はストーカーと全く同じ思考です。自分の好き、自分の興味、感動を押し付ける。人間、このストーカーに入る思考回路というのはすごく強い。もう90%の人間はストーカー回路に入っていると考えてもいいくらいです。なぜかというと己の欲が、思考回路をストーカー化するからです。そういう人は「僕はいいと思ってやったけど、市場が受け付けなかった」という言葉を使う。「それは、あなたの好きだろう、あなたの興味だろう、あなたの感動だろう」ということ。
でも〈人にあげる〉ということは、自分ではなく、人が望むことをしたり、望むものをあげたりするということ。〈好きという言葉の内容は人それぞれみんな違うんだ。自分はいいと思ったって、必ずしも他人がいいとは思わない〉ということをまず知るべきです。
<書評>
感動の定義=新しい刺激、その中でも「すごい!」と思ったレベルのもの。この考え方は今まで自分の中にはありませんでした。
著者は自動車メーカーの日産でエンジニアとして、日本が世界に誇るスポーツカーの1つである、GT-Rの開発に携わっておられた方です。私も業界は違いますがエンジニアなので、興味深く読みました。
そして自分の仕事のあり方を振り返ってみた時に、お客様が実際に製品を使用して、「これはすごい!」と思って頂けているような場面を想像したこともありませんでした。そしてそんな場面を想像しながら仕事をしたことがありませんでした。
もちろん、苦労して作り上げた製品に対する思い入れのようなものは、自分が携わった個々の製品に対しては持っています。しかしそれは、「これだけ苦労してこの性能を達成したぞ!」という、開発者側のひとりよがりな自己満足でしかなかったようにも思うのです。
製品開発において、私個人の力や貢献度合いは極めて小さなものですが、そんな私も含めて多くの開発者の頑張りの累積した結晶が、最終製品のスペックという数字の裏側には込められています。でもこれは、エンジニア側、会社側の感動であり達成感や満足です。
従ってお客様の満足とは、かけ離れていることになってしまうのかもしれません。この素晴らしい性能指標の数字を理解しろ、堪能しろ、しっかり噛みしめて存分に味わえ、というのは売り手側のエゴの押し付けに過ぎません。
であるならば、どうすれば良いのか?「お客様の中に入っていく」ということが提唱されています。お客様は何を新しい刺激だと考えるのか、何を「すごい!」と感じて、感動してくださるのか、あれこれ自分でその製品やサービスが使われている状況を具体的なイメージとして想像することが求められます。でも、それだけでは全然足りず、直接、お客様に話を伺うことや、試作品を体験してもらうことなども必要です。
それに加えて、自分自身の感受性を磨くため、たくさんの感動するような体験を積み重ねていくことも大切だと述べられています。感動を覚えた経験のない人間が、他の人を感動させる製品を産み出すことなどできないからです。
数値化できない感動をどうやって生み出していくか。自分はどこまでお客様に寄り添って、お客様が10年、20年先も使い続けたくなるような愛される製品やサービスを世に出すことができるか。
その答えは、データ化できないお客様のこころの中にしかありません。どんどん会社の外に出て、人との対話を積み重ねていきたいと思いました。
自分の思い入れ、感動と、人の思い入れ、感動は違うというのは、当たり前のことですが、気をつけていこうと思います。
周りの人に自分の思いを押し付けてしまうことのないように。周りの人の感動や情熱を理解する努力ができるように。
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