書評『第二次大戦回顧録 抄』ウィンストン・チャーチル 著

書評, 思考法・考え方, 歴史世界史

◆◆第二次大戦回顧録抄 / ウィンストン・チャーチル/著 毎日新聞社/編訳 / 中央公論新社

<引用>

勝利を占めたアメリカ軍の司令官たちは、まだ別の危険に面していた。強力な戦艦隊を持つ山本元帥は、まだミッドウェーを攻撃するかもしれなかった。アメリカの空軍力は大いに弱まり、もし山本元帥が前進をつづけるとすれば、これに対抗できる有力な軍艦がアメリカ側にはなかった。航空母艦の指揮をとるスプルーアンス提督は、敵の兵力がわからないし、また航空母艦をがっちり護衛してくれるものがないので、敵を西方に追うことを止めた。

それにしても、なぜ山本提督は、ここで日本海軍の運命をとりもどす作戦をとらなかったのか、わからない。最初、彼は徹底的に攻撃する決心をして、六月五日の夜明け方に、ミッドウェーを砲撃することを、最も強力な巡洋艦四隻に命令した。このとき、また別の強力な日本艦隊が、北東に進んでいたから、もしスプルーアンスが、南雲艦隊の残りを追跡していたら、ひどい夜間戦闘で捕らえられただろう。

日本の連合艦隊司令長官は、夜のうちに、突然考えを変え、六月五日午前二時五十五分、総退却を命じた。そのわけは、はっきりしないが、大事な航空母艦が、思いがけなく、徹底的な損害を受けたことが、深く心に響いたのは明らかである。

このときの日本の指導者たちのことを考えるのは、勉強になる。一ヵ月間に二回、日本の海軍と空軍は、非常に巧妙な、そして大胆な作戦命令を受けて、これにとび込んだ。まず、空軍力を使うのであるが、もし空軍が大きな損害を受けると、いま一息でつかみ取ることができる目的物から、手を引いた。

ミッドウェー海戦を指揮した人々――山本、南雲、近藤の各提督は、四ヵ月 のうちにアジアに出動した連合艦隊を撃破し、イギリス東部艦隊をインド洋から追い出した。いずれも、このような大胆な作戦を計画し、実行した人々である。山本は、大戦の経過を見ればわかるとおり、もし数千キロも基地から離れて出動した艦隊に空軍の援護がなく、敵艦隊に完全な航空兵力をもった航空母艦がついている場合は、敵の攻撃距離内にいる危険を避けて、後退している。これは、ミッドウェーの時でよくわかる。輸送船に後退を命じたのも、空からの援護がないためだった。空からの援護がないのに、奇襲もできないような小さな島に上陸するというのは、自殺するようなものだったからだ。

日本軍の計画は、非常に厳格だったが、計画が予定どおりに進行しないと、目的を捨ててしまうことが多かった。これは、一つには、日本語というものがやっかいで、不正確なためだと考えられる。日本語は、すぐに信号通信に変えることがむずかしいのである。

もう一つ重要なことは、アメリカの情報の取りかたが、非常に発達していて、敵が最も厳重に守る秘密を、はるか前に見破ることに成功していた。このためニミッツ提督は、非常に有利な戦果をあげた。戦争中の秘密がどんなに重要なものか、そして秘密がもれるとどんなことになるか、ここに日本軍の秘密がもれていたことを知らせておく。

アメリカの勝利は、アメリカばかりでなく全連合国にとって重大だった。連合国側は、今まで暗かった気持ちが一時に明るく、自信に満ちたものになった。一撃にして、太平洋における日本の今までの有利な立場が、覆ってしまった。六ヵ月間、われわれを押さえつけていた敵の輝くばかりの力が、もう永久になくなった。

この瞬間から、われわれは、ゆっくりと自信をもって、日本をうち倒すため、敵ががむしゃらに進んで手に入れた大きな占領地を、奪い返すための計画を進めた。

1.この本はどんな本か?

第一次世界大戦では海軍大臣、第二次世界大戦では首相としてイギリスを率いたウィンストン・チャーチル。彼が経験した第二次世界大戦を後日、当事者の視点でまとめたもので、本書はその抄録版にあたります。第一部として、ヨーロッパでのドイツやイタリアなど枢軸国と連合国の戦いについて、そして第二部として、アジアでの日本との戦い(太平洋戦争)について、それぞれの戦闘の経過が述べられています。

原著は6巻5000ページの大著であり、この本で著者はノーベル文学賞を受賞していますが、その邦訳はすでに絶版になっています。原著をまとめ直したものの邦訳版は全4巻の文庫として現在でも入手可能です。

戦争なので連合国・枢軸国とも非常に多くの登場人物が登場し、そして戦死していく様子が描かれます。

また、チャーチルはイギリスの首相として戦争全体を大局的に俯瞰する必要があるため、苦戦する部隊に激励の電報は送るが援軍は送らないなど、 非常にドライでシビアだと感じる決断を下す様子も書かれています。

歴史を知るという意味でも、極限の状況下でのリーダーシップについて考える意味でも学ぶことの多い本です。ただの事実だけでなく、戦況の変化とともに揺れ動くチャーチルの心理状態についても記載されています。戦時中に一国を率いる首相といえど、決して精神的に強靭なわけではない、ということが分かり、その点はとても興味深いところです。

今回は「第二部 アジアの戦い 一六 連合軍の反攻」から引用しています。

2.歴史を知る

私は高校時代の社会科科目では「世界史」を選択していました。とはいえ理系でしたから、大学入試における重要度は他教科に比べると低く、あまり真剣に勉強することはありませんでした。

それでも、古代や中世に対しては、「現代とかけ離れている」ため、ある種のロマンを感じて興味も湧きました。ところが、近代史や現代史となると、現在とあまり服装などの文化的要素も変わらず、かつ、国家間の関係が密接に絡み合い、複雑になり、理解することが難しくなってくるので、なかなか興味を持つことができませんでした。

ただ、社会人になってから、現在の世界を形作る元となった歴史である、すなわち「現在の世界の成り立ちを知る」という意味において、近現代史を積極的に学んでおきたいと感じるようになりました。そして、一端、興味が湧いてしまうと、近現代史も古代や中世と同じく、自分にとって魅力的で面白くてたまらない領域に変化しました。

さて、国と国の関係性やその国における法律などのルールも、そのそもそもの発端は歴史の中にひも解くことができます。

もっと身近な例として、誰々とは仲良しだけど、誰々は苦手なので関わりたくない、という人間関係の問題があります。これもその人とのこれまでの関係性の歴史をひも解けば、何故仲良しになれたのか、あるいは、何故苦手だと感じるようになったのかの原因が見つかるはずです。

私たち人間は、これまでの人生における経験という「個人的な歴史」を振り返ったところで、長い人でもせいぜい百年程度です。それより以前に何があったかを「直接的に」知ることはできません。

本書で述べられている「第二次世界大戦」も1939年~1945年の出来事なので、2019年から振り返ると最早80年も昔のことになります。今となっては、直接その時代を経験した人の方が少なくなっています。

ですが、直接は戦争を知らない私たちでも、本や映像などを通じて、「間接的に」歴史を知ることができます。

それにより、時間的な、また、空間的な因果関係を遡ることで、現在の私たちを取り巻く環境が、「何故このようになっているのか」を理解することができます。それは「今を生きる私達自身に対する理解を深める」ことにもつながってきます。

そして、華々しい成功や大勝利の陰に隠れた、生々しい失敗や敗北についても知っておくことは、先人達から私たちに引き継がれたバトンを、「過ちを繰り返さず、より良い状態にして」次の世代に渡すのにも役に立つでしょう。

従って歴史を知る、ということには「遠い時代に思いを馳せる」という過去へ向かうベクトルだけでなく、「より良い明日を創るために使う」という未来に向かうベクトルもあるのだと思います。

3.計画通りに進まないときのリスク管理

今回引用したのはミッドウェー海戦に日本が敗北した後の、日本軍の司令官や提督に対するチャーチルの考察の部分です。

極めて冷静に、日本軍の作戦の傾向や考え方を分析しています。

引用した部分でチャーチルが推測しているように、日本語がやっかいで不正確で、信号通信に変えることが難しい言語なのかどうかは分かりません。

ただ、「計画通りに進まない時に、目標を諦めてしまう」という部分には個人的には思い当たる節がたくさんあります。

もちろん、これが日本人全体に当てはまる気質、ということはないでしょう。

ですが、私たちが考えられる中で最高の選択をしたつもりが、実はそれが、「起死回生の」、「一発逆転を狙う」、「ホームラン狙いの」手段であって、それが外れてしまえば「一巻の終わり」であるという状況になってしまっている可能性は、かなりあるのではないでしょうか。

人は自分が望む状況についてはあれこれ夢想することができても、見たくない状況からは意識的、無意識的に目を背ける傾向があります。

その結果、状況を打開するであろう「最高の一手」は用意するが、思い通りに行かなかった時の「二の矢、三の矢」を準備できていない。

そして、どうしてよいかわからなくなりうろたえてしまう、あるいは場当たり的な行動に出て、状況を悪化させてしまうということが起こりえます。

そこで、うまくいかなかったときや、もしもの時に備えた「リスク管理」が必要になってきます。

例えば、災害などが発生した場合に備えて、具体的な行動計画や対応を定めておく、「コンティンジェンシープラン」と呼ばれるものがあります。

コンティンジェンシープランは、特に自然災害や事故などが発生した場合の挽回策や原状復帰策ですが、リスク管理に対するこの考え方は個人でも取り入れていくことができます。

つまり、仕事においても、人生においても、目標を諦めないために、「もし、この方法で上手くいかなかったら、次はこうする。それでもダメだったらこうする」というように、「無数の打ち手」を用意しておくのです。これは「攻めのリスク管理」に相当します。

もう一つは、自然災害や事故、あるいは病気など、「想定外の要因」が発生した時の対応策を考えて用意しておくということです。これは「守りのリスク管理」と呼べると思います。

どちらの方が大切だとか重要だとかいうことはなく、どちらも大切で重要なことです。

ただ、あえて言うなら、守りのリスク管理を先に固めておくことができれば、ある程度「心理的余裕」が生まれるため、そこからは一気呵成に反転攻勢していけるのではないかと思います。

出典は分かりませんが、「人生には上り坂、下り坂、まさか、という3つの坂がある」という話があります。

「上り坂」を上る時や「下り坂」を下る時に必要なのが「攻めのリスク管理」だとすれば、「まさか」という坂を進むときに必要になるのが「守りのリスク管理」ということになりそうです。

最高のアイデアを思い付いた時、無意識のうちに「これで絶対うまくいくはず」と思い込んでしまっていないでしょうか。

私たちはそんな時でも一端立ち止まって、「うまくいかなかった時、想定外の出来事が発生した時の対応策は用意できているか」も合わせて考えておく方が良さそうです。

4.まとめ

・ 歴史を知ることは、先人達から私たちに引き継がれたバトンを、「過ちを繰り返さず、より良い状態にして」次の世代に渡すのに役立つ

・ うまくいかなかったときや、もしもの時に備えた「リスク管理」が必要

・「攻めのリスク管理」と「守りのリスク管理」の準備が心理的余裕を生む

<今日の読書を行動に変えるための
個人的チャレンジシート>

1.この本を読んだ目的、ねらい

・あまり深く勉強したことのない第二次世界大戦について学ぶ

2. 読んでよかったこと、感じたこと

・当事者の視点で第二次世界大戦の概要を知ることができた

・リーダーシップと大局観について考えさせられた

3. この本を読んで、自分は今から何をするか

・「守りのリスク管理」と「攻めのリスク管理」としてできることを書き出す

・書きだした行動を一つずつ実行してリスクを潰していく

4. 3か月後には何をするか、どうなっていたいか

・「心理的余裕」が今以上に生まれて、攻めるための活力が湧き続けている

・計画通りに物事が進まなくても慌てずに対応できる

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◆◆第二次大戦回顧録抄 / ウィンストン・チャーチル/著 毎日新聞社/編訳 / 中央公論新社

Posted by akaneko