書評『企業の研究者をめざす皆さんへ』① 丸山宏 著
<引用>
企業に限る話ではないだろうが、特に企業の研究所にとっては、その成果が世の中にインパクトを与えるべきである。インパクトのある研究、それを私は”Research That Matters”と呼んでいる。「マター」というのは、それによって人が動く、世の中が変わる、という意味である。
我々は研究者として研究をするべきであり、ものごとの原理に常に立ち返って真理を追究する姿勢を失ってはならない。
我々のお客様や社会の問題を常に意識して、それを解くための真理・原理・仕組みを考えていかなければならない。
研究者にとって大事な資質のひとつは、「良い問題を選ぶ」ということです。
「難しくて今は解き方が知られていないが、おそらくあと1,2年頑張れば解けると思われる」という問題が、研究者にとってのスイートスポットになります。
解ければ世の中にとってインパクトがあり、なおかつ頑張れば解けそうな問題を定式化できることが、よい研究の第1歩だと思います。さらに、問題の定式化の際には、「このように定式化すれば、このアプローチで解けそうだ」という見込みがなければなりません。
皆さん自身にとってこれが一番大切なことだと思うのですが、何よりも皆さん自身の研究力をつけるために論文を書くべきだと思うのです。
研究力をつけるためには、「この研究の成果が得られたらどんな論文を書くか」を自分の研究を始める前に考えてみる、というのが有効だと思います。
論文は、研究の成果を客観的、論理的、科学的に主張するための手段です。ですから、研究の目的、スコープ、手法、成果の検証方法、先行研究など、論文を構成するための基本要素が決められています。それらの要素を、どのように最終的な論文で主張するかを考えながら研究計画を立てるのが良いと思います。
論文に限らず、自分の考えたこと、やったことを文章の形でまとめることは投資対効果が高いと思う。
イノベーションとは、invention x insightです。ある技術(invention)によってイノベーションを起こすには、現実社会をよく理解し、世の中でどのような問題があり、どのように技術を応用すればその問題が解けるのか、という洞察(insight)が必要なのです。
研究の入り口と出口、これらがきちんとできて、初めて一人前の研究者と呼べるのだと思う。特に、企業の研究者にとってはそれが大切だ。
1.この本はどんな本か?
著者はIBMの東京基礎研究所の所長を務められた方です。
本書では、「研究の進め方」から、「コミュニケーションの方法」、「リーダーシップ」、「研究者のキャリア」、「研究所のマネジメント」など、備えておきたい心構えの部分から具体的な方法論まで述べられています。
タイトルの通り、アカデミックではなく、民間企業の研究者を目指す学生を想定読者として書かれた本ですが、すでに研究職として働いている社会人の方はもちろん、
研究職以外の職種の方でも、考え方や仕事のやり方において得られる点が多いと思います。
イノベーションは異分野との接点において発生する、というのはよく言われることです。本書はタイトルでターゲットを絞り込んでいますので、研究者や技術者でもない限り、あまり手に取って読もうという気にはなりにくいかもしれません。ですが、「研究者がターゲットだから職種の異なる自分には関係ない」と判断する前に、「ここから何か1つでも自分の仕事に活かせるアイデアや方法がないか、置き換えられないか」という気持ちで読めば、きっと得られるところが大きいと思います。
2. Research That Matters
インプットとアウトプットという言葉を考えた時、個人的には、以下のようなイメージを持っています。
インプット=自分に入ってくるもの
(人から聞いた話、TVを見たり、新聞や本を読んで取り入れたもの)
アウトプット=自分から出ていくもの
(インプットをベースとして、人に話したこと、SNSやブログ等での発信、資料作成や商品のリリース、本の出版など)
これらはつまり、
インプット=他者から作用を受けるもの
アウトプット=他者に作用するもの
と言い換えることもできると思います。
そう考えると、日々、私たちが公私において求められ、実行する「アウトプット」はそれによって、「人を動かす」、「世の中を変える」ために行う「リサーチ(=研究)」である、と捉え直すこともできるのではないでしょうか。
そうなると、
アウトプット=人を動かす(世の中を変える)ための研究
ということになるでしょう。
研究ですから、常にうまくいくとは限りませんし、多くの試行錯誤が必要になります。
ですが、このように捉え直すことで、「あの人(世の中)に動いてもらうにはどうすれば良いか」「あの人(世の中)にとって何が望ましいのか」を考えることができるようになります。
つまり、発想の起点を自分から他者に切り替えることが容易になるのです。
他者(世の中)の望むことを出発点として、そこから、「それを実現するために自分ができるアウトプットは何か」を逆算して考えた方が、おそらく結果は出やすくなるのではないかと思います。
3.解決する問題を定義する
本書の中で著者は、他者や世の中が解決を望んでいる問題の中で、私達がアウトプットに取り組む問題の選び方についても述べてくれています。
それは、
「難しくて今は解き方が知られていないが、おそらくあと1,2年頑張れば解けると思われる問題」
だということです。
ここでは時間軸を意識することが大切になります。
解決方法が明確に分かっていて、あとは取り組むだけ、という問題であれば、時間や資金などの資源に余裕のある方が有利です。従って、私たちよりもそれらの資源に勝る他の誰かによって先に解決されてしまうでしょう。
一方で、現状全く解き方の分からない、SFや夢物語のような段階の問題に取り組んだ場合には、5年、10年経っても解決の方向性の見通しすらついていない恐れもあります。
最初から問答無用でホームランを狙っていくのではなく、背伸びをすれば、あるいはジャンプをすればギリギリ届きそうな範囲の問題解決を狙う。
このあたりの目標であればライバルの数も限られますから、解決に向けて切磋琢磨しながら、その過程で自他共に少しずつでも成長していくことができます。自他共に成長することは、その問題が解決される可能性を高めますから、世のため、人のためのアウトプットに繋がりやすくなるでしょう。
また、解決すべき問題を「定式化する」ことの重要性についても述べられています。
例えば、
利益 = 売上 – 費用
のような式で問題が書き表せる時は、
利益を上げるためには、①売上を上げる、②費用を下げる
のいずれかの取り組みが、課題を解決するための「方針」となります。
実際の問題はこれほど簡単な式で表すことはできませんが、問題を解決するための「方針」、「方向性」といったものを明らかにしておくことが「問題の定式化」の意味だと思います。
逆に「定式化」できないような問題であれば、それは現時点ではまだ取り組むべきではない問題だと言えるのではないでしょうか。
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