書評『理系という生き方 東工大講義 生涯を賭けるテーマをいかに選ぶか』 最相葉月 著
<引用>
猿橋は自著『猿橋勝子 女性として科学者として』で、「科学の研究はよほど天才でない限り、コツコツとたゆまぬ努力をしつづけなければならない。したがって、誠実さ、勤勉さは科学者になるための必要な条件である。」と述べています。
もう一つ、ベルリンが東西に分かれた頃に旅した時の言葉ですけれども、「科学者は、人類のしあわせに、積極的につくす義務がある。科学者の責任は重いが、一方、人類への貢献が大きいことを思えば、私は科学者になったことによろこびと誇りを感じないわけにはゆかない」とも述べています。科学技術と社会の関係が問われる今に響く言葉ではないでしょうか。
さて、今日で私の授業は終わりですので、最後に、「生涯を賭けるテーマをいかに選ぶか」という本題について少しだけお話したいと思います。
この講義が始まって四か月の間に、みなさんの中から、自分が何をしたいかはまだ決まっていないという声がちらほらと聞こえてきました。専攻は決めたものの、先のことはまだよくわからないという人もいるようです。でも、これまでゲストとして招いた方々からも、最初のうちは教授に支持されるがままにやっていて、途中から決心を固めたみたいなお話が出てきましたね。そういうことでもいいんだと思うんです。もちろん、途中で道を変えるのもいいと思います。
ただ、ジャニン・ベニュスもいっていましたけれど、この世界がどうあってほしいか、という明確なイメージが自分にあるかどうかが大切なのかなと思います。
たとえば、戦争がなくなってほしい、飢餓がなくなってほしい、感染症がなくなってほしい、鉄道自殺がなくなってほしいとか。こんな社会であってほしいというものがあったとしたら、では、その中で自分がどんな風に役に立てるのか。自分が何を追求していきたいのか。そんなところから焦点を絞っていくと、やりたいこと、やるべきことが見えてくるのではないかと思っています。
この講義では繰り返し、人の人生を紹介してきたわけですけども、たくさんの人生を知るということは、自分自身を豊かにすることです。自分が何をやっているのかわからない時、自分がどこに立っているのかわからなくなった時、この先どう進めばいいかわからない時、そんな時は先人の思考のあとをたどることで自分の位置づけがわかり、次にどこへ足を踏み出せばいいのかが見えてくるでしょう。
1. この本はどんな本か?
フリーのノンフィクションライターである著者が、東京工業大学で行った「生涯を賭けるテーマをいかに選ぶか」という講義内容をまとめた本です。全12回、4カ月間の講義では、様々な分野の研究者の生涯やその業績について著者が紹介したり、あるいはゲストとして研究者を招いて直接インタビューして話を聞く、ということが行われたようです。
東京工業大学は理系の学部のみの大学ですので、その講義を通じて、聴講する学生に対して、さまざまな研究者や科学者のロールモデルを提示することで、学生自身が自分の人生・キャリアについて考えるきっかけを提供することが狙いだったのでしょう。
紹介されたり、ゲストとして訪れる研究者の専門分野は、生物学、免疫学、遺伝子工学、地震学、心理学など多岐に渡りますが、専門的な内容も平易に語られているため、理系・文系など関係なく面白く読めると思います。
何より、「生涯を賭けるテーマをいかに選ぶか」という命題は、文系、理系の関係なく誰にとってもとても重要なことだと思います。(私もこのサブタイトルに惹かれて本書を手に取りました)
ですから、自分の今のあり方とこれからの生き方について考えてみたいと思われた方は、「理系」というタイトルには囚われずに一読をお薦めします。
2. 目には見えにくいが波及効果が大きい
特に大学や研究機関に所属する科学者や研究者が対象とするテーマは、「2~3年という短期間のうちに役に立つものは少ない」と思います。それらは「短くても5~10年、長い場合は数十年先の未来において、社会や人びとの生活を変える可能性があるもの」です。
そしてそれらは、非常に「専門的」で「ニッチ」な分野を取り扱うことが多いです。従って、いわゆる「一般人」からするとその研究テーマは「分かりにくい」、「理解できない」ものであるという認識のギャップが発生します。
特に理系の学問の場合は、「直感的に」理解しやすいものではないため、専門家とそれ以外の人達との間に横たわる「認識・理解のギャップ」が大きくなります。
このギャップを埋める、つまり自分の研究はどういうテーマを取り扱っていて、それがどのように世の中の役に立つのかを説明する役割は当然専門家の方にあるのですが、自分自身でそれを実行できる研究者は限られています。
例えばサイエンスライターと呼ばれる方々は、研究者や科学者の仕事を、彼らに代わって分かりやすく翻訳して伝える能力を持つ人達で、この「科学に対する認識・理解のギャップ」を埋めることを仕事にされています。
今回、引用部分には地球科学者の猿橋勝子氏の言葉を取り上げました。
科学者の仕事は、勤勉さ、誠実さが求められ、たゆまずコツコツと努力続ける必要がある。そして、すぐには目に見えるような結果は出ないかもしれないが、形となった時の人類への貢献度合いは極めて大きい。同時に、波及効果がそれだけ大きいということは、研究の成果に対して大きな責任も負うことになるため、極めて高い倫理観が求められる。
科学者について述べられていますが、この考え方は決して、科学者や研究者だけに求められるものではないと思いました。私たちが仕事をして行く上で極めて大切な視点です。
3. この世界がどうあってほしいか
企業において「経営理念」や「ビジョン」と呼ばれるものがあるように、私たち一人ひとりにとっても目指すべき理想の姿や、生き方の軸、行動指針となる考え方が必要です。
「自分は何を成し遂げたいのか」、「どのような人として記憶されたいのか」、そのようなことを考え続け、言葉にしていくことは、悔いのない人生を生きることにつながるでしょう。
上記の問いかけは、「自分を起点」として自分の生き方やキャリアについて考えるものです。それと、狙いとするところは同じですが、この本の中で紹介されているのは「世界を起点」として私たちの生き方やキャリアについて考えてみる、という方法です。それが、
「この世界がどうあってほしいか」
という問いかけです。
自分を起点として自分の生き方を考え始めた場合、それで自分の生き方が定まる場合はよいのですが
「そもそも自分がどうしたいのかが分からない」ということもあるでしょう。
そんな時、少し視点をずらして、「この世界がどんな世界であってほしいか」という問いかけ方に変えてみたとしたら、少し、考えやすくなるのではないでしょうか。
漫画のドラえもんのひみつ道具の一つに「もしもボックス」というものがあります。ご存知の方も多いと思いますが、これは、この「もしもボックス」という電話ボックスの中で「もしも○○だったら」という電話をかけて、電話ボックスの外に出ると、世界がそのように変わっている、というものです。
もしもボックスは今のところ、現実には存在していませんが、私たちは自分の頭の中で「この世界がこうだったら良いのに、、」と妄想することは自由にできます。
そしてそんな世界を実現するために、自分は何をするのか、どう生きるのかを自分で考えて、決断し、行動することも自由です。
本書で紹介されている研究者の方々も、人生の早いうちから将来やりたいことを決めていた、という方ばかりではありません。さまざまな紆余曲折や、偶然の結果、今のテーマに辿りついた、という方々もいらっしゃいます。中には、大学院まで進学しながら、その後の社会人経験を経て、全く異なる領域に方向転換をした方も登場していました。
ですから、大事なことは「こうあってほしい世界の姿」をとりあえず「仮決め」しておいて、それに向かって歩み出すことなのだと思います。
歩み続けている中で、もし、選んだ方向が自分に向いていない、ということがあったら、自分の心の声が、「こっちじゃない」と訴えてくるはずです。その時にまた、「自分の望む世界の姿」を「再構築」して、そっちに向かって歩き出せば良いのです。
私自身もかつてこのような状態を仕事で経験したことがあります。ある分野を偶然担当することになり、2年かけて、一通りの業務は問題なくこなせるようになったのですが、それ以上の成長が感じられなくなりました。かといって、その分野に関して勉強して深める意欲も湧いてこない。まさしく自分の「伸び悩み」を感じて悶々としていた時期でした。
結果として、その仕事・分野から離れたことで、成長意欲を取り戻すことができました。
「こうあって欲しい世界の姿」を考える時には、できれば「私欲」に基づくものだけではなく、自分の強みや仕事を通して、どのような「他者貢献」ができるのか、という視点も取り込みたいところです。
仕事をしているのであれば、私たちは科学者に限らずとも「積極的に人につくす」義務があり、当然高い倫理観を持ってその仕事を遂行する責任があると考えます。
そのような矜持を持って、「人類のしあわせ」に貢献していけるようになりたいと思いました。
それは結局のところ、私たち自身の心も満たす、私たちの幸せにも繋がってくるからです。
最後に、著者は自分の進む道に迷った時、たくさんの人生から学ぶ、先人の思考の跡を学ぶ方法として、伝記や自伝を読むことを薦められていました。今まであまり取り上げていないジャンルでしたが、今後は読んでいこうと思います。
4. まとめ
・科学者の仕事は、勤勉さ、誠実さが求められ、たゆまずコツコツと努力続ける必要がある
そして、人類への貢献度合いも大きいが、同時にそれだけ責任も大きくなる
・自分のやりたいことが見つからない、定まっていないのであれば、まずは、「この世界がどうあってほしいか」を考えて、その世界の実現のために自分が貢献できることを考えてみよう
・自分の進む道について迷った時は、先人の思考の跡を辿る手段として、伝記や自伝を読んでみよう
〈今日の読書を行動に変えるための個人的チャレンジシート〉
1.この本を読んだ目的、ねらい
・生涯を賭けるテーマを選ぶための方法について学ぶ
2. 読んでよかったこと、感じたこと
・科学者の矜持に触れることができた。
・「自分を起点」とした考え方から「世界を起点」とした考え方への視点移動を学んだ。
3. この本を読んで、自分は今から何をするか
・世界を起点として、自分が生涯を賭けるべきテーマについてもう一度考えてみる
・興味のある人物の伝記、自伝を読んでみる
4. 3か月後には何をするか、どうなっていたいか
・「仮決め」した「こうあってほしい世界の姿」の実現に向けて脇目もふらずに邁進している
・自分自身の好き嫌いや強み弱みに対する理解と、世界に対する理解が深まっている
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