書評『仕事の未来』 -「ジョブ・オートメーション」の罠と「ギグ・エコノミー」の現実- 小林雅一 著
<引用>
かつて米グーグルや中国の百度でAI開発プロジェクトを指揮し、現在の世界的AIブームを巻き起こした立て役者の一人である米スタンフォード大学のアンドリュー・ング(Andrew Ng)博士は、今のAIにできることと、できないことを見分けるために次のような判定基準を示しています。
「私たち人間がわずか数秒でできるような単純作業は、今のAIにも容易にできます。逆に私たちが長い時間をかけて熟考しなければならない複雑な仕事は、今のAIにはできません」
AIによるパターン認識で、人間の複雑な意図を理解するのは現時点では非常に難しいのです。
グーグルは「心理的安全性」をチームワークが機能するためのカギと位置づけ、それをXのような基礎研究所にまで広げることで、従業員の生産性ばかりか創造性までも高めようとしています。
アマゾンは「社内ダーウィン主義」とまで評される熾烈な競争文化を育むことで、各々の従業員が互いのアイディアを厳しく批判して洗練させ、消費者が本当に必要とする新商品・サービスを生み出そうとしています。
グーグルは職場に心理的安全性を保障することで、従業員らの間に「どんな馬鹿なことを言っても安心」、ひいては「あるがままの自分をさらけ出しても大丈夫」という雰囲気を形成しようとしています。これはアイディアを出す側の立場を確保する取り組みです。
逆にアマゾンはアイディアを批判する側の立場を優先していますが、批判を遠慮なく言える職場を実現しているとすれば、結局両者は「率直さ」という同じ目標を正反対の方法で達成しようとしている――そう考えることができるのではないでしょうか。
新しい会社が成長し、やがて巨大企業と化す過程で失われるのは従業員の率直さであり、これに代わって職場に蔓延(はびこ)るのは形式主義と官僚化です。グーグルとアマゾンは各々ユニークな企業文化を育むことで、それを厳に戒めているのです。
両者に共通する、もう一つのポイントは、自らの失敗を認め、そこから何かを学び取ろうとする姿勢です。
まずは自分の失敗を認めるということ――これは今後のAI時代において、最も必要とされる心構えかもしれません。
AIは自らの失敗を認め、改善に取り組むことができません。
なぜ、AIの性能が上がらないのか?この問題を率直に受け止めた上で、AIのアルゴリズムを工夫したり、適切なトレーニングセットを探し集めてくるのは、あくまで研究者という人間です。結局は人間の勝負なのです。
1.この本はどんな本か?
ロボット、自動運転、医療などの分野でAIは現在、どれくらいのことができるようになっているのか、AIによる仕事の自動化が現在どの程度まで進んでいるのかが説明されています。またその裏側で発生している問題点について述べられています。
現状のAIにできること、できないことを把握して、今後IT企業がどのようなAIを使って何を実現しようとしているのかという方向性を掴んでおくことは、私たち人間の未来の仕事のあり方を考えておく上でも重要になるでしょう。
2. 新しい単純労働
AIが得意とし、実用化が進んでいる技術の一つに「画像認識」があります。例えば、医療の分野では患者の患部を撮影したX線写真やCTスキャンの画像などをAIに事前に大量に学習させておきます。そうすると、撮影された写真を読み込んだAIは瞬時に病気を診断できるようになります。
医療の場合、専門医が手分けして、収集された大量の画像データに対して、「これはAという病名」、「これはBという病名」、「これは健康な状態」などと、「ラベル付け」をしていくそうです。
ラベル付けされた画像をAIが「学習する」ことで、新しい画像をAIが見た時にも自身で「分類」することができるようになります。
車の自動運転の場合には、走行中や停車中にカメラやレーダーで捉えた周囲の映像・画像をAIが常時認識して、「分類」し、「走る」、「止まる」などの次の瞬間に行う駆動の内容の「判定」を行う必要があります。
そのような「判定」に必要となる周囲の画像データ、歩行者や道路標識、信号機などの情報は、やはり人間が「ラベル付け」してAIに教えてやる必要があります。
道路状況というのは、刻一刻と切り替わるものですから、静止画で切り取ったとしてもそのパターンの数は無限といっても良いくらいになるでしょう。
そのような一つ一つの状況について、教師役として「これは人」、「これは自転車」、などと延々と「ラベル付け」を行う専門の会社が存在しているそうです。インドや中国などのアジアやアフリカだけでなく世界各国に広がっていると述べられています。
AIシステム開発に要する時間の80%がこのようなAIへの学習、つまり「ラベル付け」の作業になるという調査結果もあるようです。
そしてこれは単調であまり頭を使わない「単純労働」です。AIは、その導入が上手くいけば、仕事の時間短縮、生産性の向上、精度や品質の向上などにつながり、明るいイメージで語られることが多いですが、実態はこのような泥臭い活動によって支えられている、ということです。
「新しい技術の登場によって、それまでなかった新しい仕事が生まれる」というのは必ず言われることであり、実際これまでもそうなってきたことです。ですが、生み出された新たな仕事が「ラベル付け」のような単調な反復作業であれば、果たして技術や社会として、確実に良い方向に進歩していると言えるのだろうか?と考えてしまいます。
「ラベル付けを自動で行ってくれるAI」が欲しくなるところですが、そのラベル付けの判定基準をAIに教え込むのも結局は人間なのです。
3. AIによる自動化と人間の居場所
本書では、巨大IT企業であるグーグルやアマゾンの働き方改革についても1章を割いて説明されています。
今、会社で携わっている仕事が将来的にAIやロボットで置き換えられることを見越して、アマゾンでは従業員に対する「再教育プログラム」が提供されているそうです。
ドライで現実的な社風をよく表していると個人的に思ったのは、キャリアアップのための再教育プログラムだけでなく、「看護」や「航空機工」などの「アマゾン社内にない仕事」の再教育プログラムまでが提供されている、ということです。
こういうプログラムがわざわざ用意されているということは、「将来的にアマゾン社内では現在自分が携わっている職種が存在しなくなる可能性がある」と、会社自身が発信していることに他なりません。
それを「厳しい」とみるか「優しい」とみるかは意見の分かれるところだと思います。
アマゾンだけでなくウーバーなどの配車サービスも、膨大な人件費を抑制するため、将来的には自動運転による配車を目指していると述べられています。
AIによる生産性の向上は、現時点では、人をロボットのように扱い、働かせ続けることで実現されています。ゆくゆくは人を仕事のプロセスから除外していくことで、さらなる生産性の向上と企業としての収益の最大化を目指す、というのが起こりうる今後の方向性の一つとなりそうです。
雇われる側の人間としては「今の自分の仕事がAIやロボットによって代替されるとしたら、その時自分は何を仕事として世の中に貢献していくのか」を常に考え、動き出せるようにしておくことが求められるようになるでしょう。
今回引用しましたが、現時点のAIには、
・人間が長い時間熟考しなければならないような複雑な仕事
・人間の複雑な意図の理解
・自らの失敗を認めて、改善に取り組む
といったことはできません。
これらのAIやロボットには代替不可能で模倣困難だと考えれる領域を自分の仕事の中から見つける。
そしてその領域、人間としての自分の居場所をじわじわと広げるとともに、領域の境界ではAIの活用やAIに任せて共存を図る。
そのような生存戦略が求められると思います。
4.まとめ
・AIによって謳われている生産性の向上は、単調で泥臭い作業によって支えられている
・人のロボット化による生産性向上から、完全自動化による生産性向上へのシフトが進められている
・自らの仕事の中にAIに代替できない部分を見出し、AIとの共存を図る生存戦略が必要になる